夕暮れの流星群
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岩手県釜石市の市街地から北に二つの岬を越えた旧鵜住居(うのすまい)村。隣の栗橋地区と合わせて約8千人が暮らすムラの医療は、3人の医師が担っていた。内科・小児科病院を営む医師の夫婦と、9年前にやってきた神経内科医院の医師。津波で医師の夫婦は行方が分からなくなり、二つの医院は跡形もなくなった。
渥美進さん(81)と妻の久子さん(71)が診察する渥美医院はムラでただひとつの小児科で、夫婦は学校の担当医も務めていた。
進さんが父の後を継いだのは約50年前。昨年にようやく救急車が配備されたムラで、医院は多くの患者を受け入れてきた。夜に熱を出した子ども、早朝にけがをした漁師。進さんは内科が専門だったが、傷の縫合が得意だった。
1年前に体調を崩した進さんは、3月いっぱいで引退しようと考えていた。地元の医師会は、久子さんには残ってもらうよう説得をしていたという。
古川典さん(82)は、津波が襲った3月11日の朝、医院に行った。採血した検査の数値が平常になり、久子さんから「この調子でがんばって」と声をかけられたという。「カルテに細かく字を書いて、それを丁寧に説明してくれた。進さんも久子さんも、聴診器のあて方がすごく優しい。ほかの病院には行けなかった」と古川さんは話す。
夫婦と40年間一緒に暮らした准看護師の佐々光代さん(59)は、「患者とも家族ぐるみの付き合い。明るい病院だった」と振り返る。
■過疎地の医者を志して
渥美医院のすぐ近くには、「はまと神経内科クリニック」があった。院長の浜登文寿さん(46)が9年前に開いた。
同じ沿岸部の山田町出身の浜登さんは、電器店を営んでいた父から「過疎地を救う医者になれ」と何度も聞かされた。県内の県立病院に勤めた後、「無医村にしてはならない」と鵜住居に来た。
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事件はどこでも起こりますが、、、。
とても悲しい事件もありますよね。。。
もし身内にそんな事があったらと考えるだけで悲しくなってしまいます。。
そうならない為に気をつけなければいけないところはしっかり気をつけないと!
安全と健康が第一ですよ!
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